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この一ヶ月を振り返る。

やっと、母が先週末に退院しました。

母が入院してからの生活は毎日がドタバタでした。
なんせ晩夏に心臓の手術をして何かと体の不調を訴える父との二人暮らし。
しかも父は昔気質の人間なんで、家のことは全くやらない人。
私の母は専業主婦だったので常に至れり尽くせりのような状態で、家の中もいつも綺麗にしているし、ご飯だってちゃんとしたものを作っていました。

私も数年前は主婦だった時代もあったけど、家事の中で料理は最も苦手だったので、今回の生活で何が一番大変だったかというと料理を作ることでした。元から掃除や洗濯はやっていたし、そんなに苦に感じることはなかったんですが、料理に関しては常にメニューのことばかり考えて生活していました。

料理に関しては毎日実験的なもので、クックパッドを駆使しましたがなんだか怪しいものが毎食できあがっていました(苦笑)
これでも最後の方はそれなりなものができるようにはなってきました。

こんな調子なので、とてもじゃないけど前職の仕事を継続していたら絶対ぶっ倒れていただろうし、うつ病の確実にぶり返していたと思われます。
だからあの会社は辞めて大正解!だったと思います。
まぁ元々私の介護生活に全く理解を示さない人達だったし・・・

そんなこともあって11月は本当に怒涛の日々でしたが、母も退院し、まだ100%元気ではないのですが、私の時間そのものはずいぶん確保できるようになりました。
いつまでも無職というわけにもいかないので、今回は派遣での就職を考えて、転職活動をしていました。
もう40代手前だったので、派遣で働くにしてももう厳しいと覚悟していましたが案外あっさり決まってしまいました。

今度は12月から就労開始で、CADオペレーターのお仕事です。
しかも派遣元も派遣先も私の家庭の事情を考慮してくださって、12月は9~16時勤務を認めてもらえたので、家のことを全く蔑ろにしなくても済むし、私自身も新しい仕事をするのにスロースタートできるので、いい条件では・・と考えています。

ちなみに今日はいよいよ大台に乗るべき、誕生日です。
病気の方も一番ひどい時期は脱していると思われるし、とはいえまだ不調の時期もありますが、一週間もうつ期が続くようなことはありません。
これからは自分のために、楽しい人生が歩めることを期待しつつ、自分でも楽しい方向に向けるように気持ちを持っていこうと思います。



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明日から母が入院。

いよいよ明日から母が入院します。

仕事を辞めてからなんとなく腑抜け状態になり、気持ちがうつっぽくなっていました。
というのも、ずっと専業主婦で家のことがバッチリできていた母の代わりとなると、やはり荷が重く感じていたからです。
父は手術をしてから少しワガママになってしまい、そして未だ何かしら健康に対しての不安が否めないようで、体調も今一つです。
そういったこともあり、家事全般をやりつつ、母のお見舞いに行き、父を気遣う生活ができるかどうかがすごくすごく不安で、それがうつっぽい気分の理由だと思います。
普通の思考回路なら「なんとかなるさ」でいけると思うのですが、そこが私のマイナス思考が悪さをして、前向きな気持ちになれません。

一応、離れて暮らしている妹も自分の仕事量を減らしてなるべく実家に来てもらえることになったし、妹の旦那さんも単身赴任をしていたのですがそれを解消して妹の代わりに家のことをやってくれるようなので、そういった周りの助けを得て、頑張りたいと思います。

追伸:どうでもいいことですが。
辞めた会社で最後の日に花束やちょっとしたお菓子を戴いたりしたので、お礼返しに菓子折りを送ったのですが、届いただとか何の連絡もなく。他にも事務的な書類を送ってくるのも添え状がなくって書類だけが入っているのみ。なんていうのか、配慮に欠ける会社だなーと改めて思い知らされました。
それにさっきFacebookを見て「○○さん、最終日でしたw」みたいな言葉が掲載されてて、さらに気分を害してしまいました。どこまでもイヤな感じです。




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退職後に。

私が退職して、初めて母から告げられました。

母が今月末ぐらいから入院療養することになりました。
本格的な肝炎の治療に際し、薬の副作用が強いようなので、絶対安静が必要だそうです。

父は今日でちょうど手術から2か月が経ち、やっと元気を取り戻してきました。
しかし手術をしてから周りが気を使って生活していたからか、性格がワガママになってしまい、何かと手こずらせるようになってきました。そんな父としばらく(母の入院は1か月ぐらいらしい)二人っきりの生活をすることに
なりました。これから当面の間、本当に家事一切をやることになります。

今さらこんなことを言うのは、親不孝も甚だしいかもしれませんが。
私が両親の面倒を見なければならなくなるのは、思ったよりも時期が早すぎた気がしてなりません。少なくともあと10年は自分のために生活できると思っていました。まぁ離婚せずに家庭を持っていたら、どういった生活になっていたかはわかりません。しかし離婚をして、また設計職の正社員の仕事に就いて、まだまだ頑張れると思っていた矢先にこんなことになってしまい、正直なところショックです。
もともとうつ病持ちだから、そんなにキツイ仕事はできなかったかもしれないけど、それでもフルタイムで何かしら仕事をすることは可能でした。

しかし、40歳手前でフルタイムで働くことができなくなり、この先パート勤務では月にそんなにまとまった収入を得るのは難しいです。老後の備えてまだまだ稼ぐつもりでいたので、それも計画崩れです。

育ててもらった両親を見離すことは絶対にできないし、ただでさえ、たくさん迷惑をかけまくってきた娘だから、面倒を見る時がきたらその責務?を全うしないとと思っていました。
でも現実問題に突き当たって、自分が自分の病気ではなく、親の介護で働くことができなくなるのは、今の時点ではまだ受け止めることができません。

まずは、母が無事に入院療養を経て元気に退院してくるまでは、私が家を守らないと。



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退職することに。

結局、先週末で退職しました。

大きな理由としては二つあります。

ひとつはやはり、仕事と家庭の問題。
8月末から時短にしてもらったものの、自分の仕事量そのものは何ら減ることはなく、時短の時間になったら帰社するも家のことが済んだ夜間から仕事を始めて、寝るのはだいたい午前1時すぎ。ずっとCADで作図をしてからの睡眠なので頭がチカチカしている状態で寝た気がせずに、ずっと不眠症でした。

また本来であれば、試用期間が済んだら本格的に職場近くに住まいを移して、通勤時間を短くして仕事に集中できるようにするつもりでした。
しかしながら実家を離れることが難しくなった状況下で、毎日1時間半~2時間の通勤はかなりしんどいものがありました。
そういった意味で時間配分がうまく取れなくなった、という問題がありました。

もうひとつは会社内での人間関係。
ここではあまり大きく書いてはいませんでしたが、私が時短を使うようになってから少しずつ周りとのいろんな意味での隔たりができてきました。
私自身も心身ともに疲れ切っていたから、周りに対しても態度が悪かったのかもしれません。
仕事そのものができないということで、年下女子(上司)を敵に回してしまったことで、周りも私には関わりたくないという空気ができてきました。
いつしかお昼のランチに誘われなくなり、昼休みの消灯された事務所内でポツンとご飯を食べるのは非常に味気ないものでした。
さらに社内ではSkypeが日常的に使われているのですが、Skypeはグループを組んでその中でだけ会話ができるので、私を抜きにしたグループを作って、コソコソ話をやり取りをしてはクスクス笑い声もしたりして、非常に感じが悪かったです。
さらに私以外はLINEもやっているので、いつも私が知らないところでみんなが繋がっているのも、あんまり気分のいいものではありませんでした。
さらに外出していた社員が私以外におみやげ(といってもスタバのドリンク)を買ってきて、みんなで飲んでいるってのも非常に悲しいものでした。

究極は、退職する日に年下女子(上司)に
「私は自分の両親が健康で元気だから、(私の置かれている状況について)そういうのって、わかんないっすよねー」
と言われたこと。
これが全てだったと思います。

辞めると決める直前、今までにない酷い偏頭痛に襲われて、痛さのあまり吐き気がハンパなく、死んでしまうのではという思いをしました。
その前あたりから胸が苦しくなることが多々あったり、口内炎が大量にできて満足に食べられなくなったりして、ストレスから様々な不調に見舞われていました。
だからいい潮時だったのかもしれません。

ただ、うつ気分にはなっていないのが救いだったと思います。



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もう少しだけ。

今週、社長に呼び出されました。
「当初採用したときに思っていたよりも、能力が足らなすぎる」
と言われました。
「またかよ・・・」
と正直思いました。
前職でも同じことを言われました。

再就職をするとき、こちらの言い分として
「御社での仕事内容に関して、経験はありますが、7年のブランクがあるのでそこは考慮して欲しい」
という話をさせていただきました。
7年のブランクは4か月経ったら、完全に復活できないとダメなんですかねぇ・・・

年下上司にボロッカスに言われて、社長にまでダメの烙印を押された。
それでいて、今の私の置かれている状況。
とてもじゃないけど、心が折れまくりです。

「そこまで言われて、今の私には(家庭の)事情もありますし、『頑張れ』と叱咤されてもそれに答えるだけの気力などがありません。だから退職させて欲しい」
と伝えました。

前からブログ記事にも書いている通り、時短勤務にして仕事量を減らすつもりが、結局は自宅で午前様になるまで仕事をしなければならない(夜の家事などが終わってからしか仕事ができないので)、納期が迫る仕事があるときは残業してまで会社で働かねばならない。これでは何も状況は変わっていないし、私の体力も限界です。設計の仕事というかせっかくCADで作図する力はあるので、アルバイトでCAD作図をさせてくれるところを探したいと思うようになっていました。

だからそういった現在の状況も合わせて話をしましたが、辞意は受け入れてもらえませんでした。

「全く仕事ができないわけではない、心が折れてしまっているのはすぐには復活できないと思うけど、すぐにあきらめないで欲しい。まずは一ヶ月もうちょっと頑張ってみないか」
と言われました。

どういう意図をもって言っているのか、正直わかりません。
確かに私に対して続けてほしいと言ってくださっているのはわかります。でもすでに『できない奴』と思われている状態でなぜ雇い続けるのかがわからないのです。心が折れるほど参っているのに、それを理解してくれているんのか?それよりもまた年下上司にパワハラ的な言動を取られながら仕事を続けなければいけないのか。

いろいろ悩みました。
でも社長の言うところの、もう一ヶ月だけは頑張ってみようと思います。
それでも自分自身に限界を感じたら、退職をもう一度告げようと思います。

・・・がめついようですが、やっぱり生活していくうえで、お金は必要ですから。年老いた両親と同居はしているものの、自分自身の老後のたくわえは少ないし、おそらくずっと独身なので何かあった時の為の資産等は必要です。そのために、っていうのも変な話ですがもうちょっとだけ、頑張ってみようと思います。



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心身ともに疲労困憊。

今、非常に疲れています。今、どこででも眠れるぐらいです。(過眠症に転じているようです)

先週は仕事量が多くて、通常通り働いて残業もやっていました。
今週はさほど忙しくないにしろ、時短の時間にそのまま帰るのが忍びなく、結局仕事を家に持ち帰って夜な夜な仕事をしています。

両親は私のヘトヘトな様子を見て、「何もしなくていいよ」とは言ってくれるのですが、やっぱり術後一ヶ月の父は時々心臓の具合が悪くなり(術後しばらくはやむを得ない症状のようです)、母も時々横になってぐったりしています。そういう様子を見ていると、ほかっておくわけにもいかないのです。

だから平日は早めに家に帰って手伝える範囲で手伝い、休日は平日の疲れを残すことなく、普通に家事を交替してあげたい。だけど平日ですでにヘトヘト状態で、休日もその延長で自分の疲れを取ることだけで精一杯です。

時短になることで、人事的な処遇について検討するから後日連絡する、と社長に言われていました。
しかしながら1か月放置され、結局昨日の給料日に給料明細を見て、初めて自分がどれだけの給料を手にできるのかを知りました。

とりあえずは正社員のようです。しかしながら支給額にして3万近く減額されていました。
今回は父の手術の関係で3日休んだからそのペナルティーもあるでしょうが、勤務時間的にはフルタイムの総労働時間に対して、約1割弱ぐらいしか勤務時間量は減っていません。なのに、なんでこんなに引かれているのかがわかりません。

なんせ社長が経営(というか社員管理)がいい加減なのか、私が正規雇用になるときもギリギリまで給料体系が知らされなかったし、試用期間中の時給制の時も給与計算の間違いがあったり。それで今回も勝手に減額を決められていたし。あんまり金にうるさく言うのはどうかと思って、言えずにいるのですが、労働に対しての対価として給料は支払われるべきだと思うんです。まぁ、最近はブラック企業が横行していて、給料がきちんと払ってもらえない(残業代が全くつかない、とか)などの事例があるから、なんとも言いにくいのではあるのですが・・・

こうやって勝手に給料が減らされたのにも関わらず、仕事はやらなきゃいけない状況だし、相変わらず年下上司にはいびられるか無視されるかで、針のムシロにいるような感じだし。本当に心身ともに疲れ切っています。

こんな状況で、事業拡大だとかでいきなり設計職をやったことがない若者を2人も雇うなんて言い出したから、唖然です。とにかく、若くて、家が勤務先に近くてというのがまず第一条件で。これって私はババアだし家は遠いし、まるで真逆をいっているのですが(笑)若くてまだ色に染まっていない状態でうちの会社で一から育てるみたいです。まだその二人がどういうスペックを持った人間なのかはわからないのですが、少なくとも建築図面は全く見たことがない感じです。そういう人に一から教えるのって誰がやるのよ?って感じです。そうすると『できない』という烙印を押されている私が何かしら駆り出されるのが予想できます。

さらに4月から工業高校を卒業する子が入社する予定です。もうすでに今月から学校帰りにアルバイトで会社に来るみたいですが。まぁ彼女の場合は建築科の子なのでCADで図面を書いたりすることはできるから、まだ先の二人よりかは手がかからないと思います。

どちらにしてもいきなり3人増なわけで。何をどうしたいのか、さっぱりわかりません。私の給料が減ったのも、彼らへの給料にあてがうからかしら?と疑いたくもなります。

一方で彼らが一人前になった時。時短だ、介護だ、と言っているような私は解雇になる可能性が非常に高いと予想されます。それより、会社の存続も怪しいですが。

とにかく、休む時間がほしいです。
さらに、労働条件がある程度はきっちりとしたところで、ちゃんと家のことと仕事が両立できるようなところに転職したいなぁ、と思う今日この頃です。
ただし。これは今の会社がイヤで辞めるというよりも、時間的な事情の部分が大きいということを補足します・・・(まぁやっぱり人間関係は問題だらけですが・爆)



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頭がぐちゃぐちゃ。

年下女子に傷つくようなことを言われてから、毎日のように
「辞めた方がいいのか、もう少し頑張らねばならないのか」
ということを自問自答する日々が続いています。

彼女にも言われたのですが
「どうして努力しようとしないんですか?!」
ということ。

病気をする前の私なら、なにくそ!という思いでやりかえすぐらいの意気込みが持てたと思います。しかしながら、病気をしてからどこか踏ん張りの利かない体になってしまったように思います。何もかもを病気のせいにしてはいけないってことはよくわかっています。だけど、下手になんとかしなきゃとあがいた結果に、病気を再発させてしまう可能性は無きにしも非ずで、それが私にはとてもとても怖いのです。

もうすでに仕事上でのトラブルなどでのうつ病は3回起こっています。
正直、私は無理をしてはいけない体である、ということはわかりきったことです。
だから程々に仕事に取り組まないと、また病気に負けてしまう恐れがあるのです。

よくうつ病を患った人の闘病記などを見ていると、猛烈に働いてうつ病になった人というのは、復職後に今までよりペースダウンして仕事をしている方は再発する割合が低いように思われます。逆に悪あがきしてしまう、というか、徐々にペースアップしてしまう方の方が危険があるように見受けられます。

そこから考えると、私も今の設計職をする上で最前線に立つようなやり方を続けていると、再発という大きな落とし穴が待ち受けていると思います。しかしながら、「仕事ができない」とか「(CAD操作の)手が遅い」などと叱咤されながらもやるべきことは山積みで、5時間の時短勤務でも結局家で残り3時間分をやらなければいけなかったり、時短勤務の時間内に終わらずに結局定時過ぎても、普通に残業しないと業務のキリがつかない日もあります。これでは非常にヤバいのでは、と感じています。

さらにこのところ、職場で人間関係的な面ですごく疎外感を感じています。
『家で介護しないといけない⇒理解しがたい』
『時短勤務しないといけない⇒理解しがたい』
『仕事ができない⇒必要以上に関わりたくない』
など、上げだしたらキリがないのですが、なんとなく同僚が私に関わりを持つことを避けているように思います。別に一人ぼっちだろうがかまわない、と思ってはいるのですが、お昼休みに皆さんが外に食事に行き、誰にも誘われずにコンビニ弁当などを職場で食べている時、すごくすごくむなしい気持ちになって、時々涙が出そうになります。
私からもっとフレンドリーにならないといけないのかな・・・でもどうやったらいいかわからないし・・・

『仕事ができない』というレッテルを貼られたこと、職場の人間関係がまずい状況であること。
何とかしないといけない、とは思うのですが、すべて私がいけないんですよね。
私が悪いんですよね。もっと仕事を頑張らないといけなかったのだろうし、もっと入社時から周りに合わせようと努力すべきだったのかもしれないし。

なんだかいろんなことを考えて、頭がおかしくなりそうです。
明日からまた会社。行く気が全く起きません。このまま出社拒否になってしまいそうです。




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またかよ、って感じだけど。

唐突ですが。もう会社辞めたいです。

何がイヤって。
毎日、毎日、年下のクソ生意気な女子にパワハラともいえるようなキッツイ言い方をされて、ずっと気持ち的に参っています。

今日、屈辱的なことを言われました。
「結局、経験あるって言ってたのに、何にもできないじゃないですか」
「こっちとしても、期待外れもいいところですよ」
「私は5年かけて力をつけてきたのに、努力する気がなかったんですか?」

等々。

言い訳をするようだけど、私は入社する前に今の業務に対してブランクが7年ありました。そのあたりは承知の上での入社でした。そして今、入社して4ヶ月目。自分なりに毎日必死でやっているつもりだけど、それが空回りしているのか。彼女にとっては、経験者って触れ込みで入ったのに『使えない奴』という気持ちで私のことを見ていたんでしょう。

私の能力を全否定されて、じゃあこれからがんばりますっていう気力がはっきりいって起きません。
私のどこかに一回り下の人間に生意気なことをいわれて、年上だというプライドを傷つけられたと思われるかもしれないし、私の中でそういう思いも無きにしも非ずかもしれません。

だけど、前職でも言われた
「あなたには何の能力もないし、うちの職場では必要としない」
という言葉がずっと心に引っかかっていて、それがまたよみがえってしまった。

やっぱり私は社会不適合者なのか。
長年うつ病の薬を飲んでいて、とうとう脳がいかれてしまったのか。
仕事をするということが、私にはもう不可能なのか。

ただでさえ家のことで頭がいっぱいなのに、職場で自分のことを全否定されて、はっきり言って自分の存在価値とかがわからなくなってきました。

今は楽しいと思えることが何一つありません。
何かしたいと思っても気力がありません。
これはうつ再発なんだろうか。。。



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家庭と仕事について。

自分の両親が共倒れ?になり、私も身の振り方を考えることにしました。

私の仕事の就業時間は6時半までなのですが、そこから自宅にまっすぐ帰っても8時は回ってしまいます。それに日によっては残業もあるし、普通に8時間仕事をし、通勤時間で毎日3時間費やすのはかなりしんどいものがあります。

父は退院してきましたが、母の方はまだ完全に精密検査が終わりきっておらず(でも既に病名は告げられています)、これから総合病院に通います。入院するかしないかは別にしても、母も横になりつつ家事をこなしている状態を見て、何もしないのは同居している私としてはかなり心苦しいです。

そういうこともあって、上司に相談して時短勤務をさせてもらうことになりました。
就業時間は3時半までで、それで5時過ぎに自宅に帰れば、少しは家のことができます。
ただ私のすべき業務量はかなりあるし、周りにもなかなか回せないこともあるので、家に仕事を持ち帰って夜に家事が終わってから2時間ほど家のパソコンで作業をしています。

正直なところ、今は家のことに気を使っていろいろとゴソゴソ動いているので、時短で帰ってきてもそれ以上の業務をするのはかなり苦しいです。一応、業務日報をつけているので自己申告ではありますが、日々の在宅勤務の内容は報告しています。でも実際のところはヘトヘトなので、ほとんど家では仕事ができていません。少しずつ仕事量を減らして、完全にパート勤務へ移行するつもりです。
ここでナゾなのですが、勤務時間が変わったものの一応身分としては正社員のままらしく、特に給料改正についてまだ何も知らされていない状態です。まぁ普通に生活できる分ほどのお給料がもらえて、体を壊さない程度に働ければそれでいいかな、と思います。

相変わらず、職場の年下女子はクソ生意気で腹の立つ日々ですが、ずっと耐えつつ自分の任務だけを淡々とこなすことに努めています。ただ、最近は心身共に疲れているので、彼女の物言いなどでかなりうつ気分に陥っていますが・・・
とりあえずはクビにならずに、仕事は続けています。



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父と母と。

半月ほどご無沙汰していました。

8月のお盆過ぎに、父の手術が行われました。
手術は無事に成功しましたが、胸を開いての手術だったので術後がかなり大変で、合併症ではないのですが発熱が続いたり、不整脈が多発して息苦しくなったり、退院するまでは辛そうでした。

そして、父の入院していた10日間毎日欠かさず病院に通い詰めた母もまた、かなり辛そうでした。
父が手術した病院は私の家から車で1時間以上かかるところで、電車で行くともっとかかるような所で、この猛暑の中で体力が落ちている母が通院するのはかなり困難でした。

前回のブログ記事では妹が非協力的だ、と書きましたが、旦那さんのご両親の協力もあって子供の面倒を見てくれていたりしたので、母の通院に車で連れて行ってくれたり、家の周りのもろもろをやってくれたり、随分動いてくれました。

今回父が手術することになって、初めて家族が一団となった気がしています。
手術の間、5時間近く母と娘二人とで控室にいたのですが、妹がお嫁に行ってから約9年経って、久しぶりに親子でたくさん会話をしました。そして父も母も体調の悪い中、私と妹で家事などをどう分担していくかを話し合いました。こういったことで家族の絆というものをすごく感じました。

私はうつ病を患った当初、なかなか理解をしてくれない父に反発心を抱いていました。そして幼少時からの厳しいしつけにもある意味恨みのような感情を持っていました。だから父に対して敵対心まではいかないのですが、あまり面と向かうことを避けていました。
ですが、手術室に向かう前に父と握手を交わした際(看護師さんが握手を促したのです)、「父の為にできることをしよう」という気持ちが芽生えました。

そして昨日、父は退院してきました。
まだまだ顔色がさえず、胸の傷が痛むこともあり呼吸が辛そうだし、歩くことも大変です。

そして母もやっと病院通いから解放されたからか、ちょっとホッとしつつもあまり体調がよくありません。

私は仕事しながらも、できるだけ家庭を支えたいと思います。
仕事についての経過は次の記事に書きます。



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サッチー

Author:サッチー
いよいよアラフォーの突入の女。

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美味しいコーヒーを飲むこと。
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